Entries

山田 泉さん天国へ

大分県豊後高田市生まれ。1979年から養護教諭の仕事に就き、県内の7校の小・中学校に勤め2000年2月、乳がんを発症し休職。
乳房の温存手術後、放射線治療、ホルモン療法を受け
2002年4月に復職し、自らの体験をもとに「いのちの授業」に取り組んでいたが、2005年11月に再発。再び手術を受け、休職。2006年10月に復職したが、体力の限界を感じ、2007年3月退職。

人間と性研究協議会会員、オ−ドリーの会(おおいた乳がん患者の会)代表。テレビ出演も多く、2003年NHK「わくわく授業〜私の教え方」、その後もNHK「生活ホットモーニグ」、同「ETV特集ー働き盛りのがん」、2007年にはNHK総「にっぽんの現場」、「心に響け、いのちの授業」(のちに49分の特集で放映)など。
ラジオでは「永六輔、土曜ワイドラジオTOKYO」にたびたび出演。

著書『「いのちの授業」をもう一度』(高文研)。『ひとりぼっちじゃないよ――はじめての乳がんを生きるための知識とこころ』(木星舎/共著)。最近は体調を配慮しつつ、各地で講演活動、子どもたちへの「いのちの授業」を行っていjました。いのちの危機に立たされつつも、前向きな明るいメッセージが多くの人びとに勇気を与え、大きな感動と共感を呼んでいます。
その山田泉さんが21日午前9時12分、乳がんのため大分市の病院で亡くなりましたた。49歳でした。
私達は彼女からのいのちのバトンをしっかり引き継がなくてはなりません。
高知がん患者会一喜会5周年記念講演で講演をして頂いた上野創さんが明日豊後高田へ飛びます。遺言で上野創さんが弔辞を読むそうです。
すごくすごく、応援していたのに残念です。
山田 泉さんのご逝去に、心から哀悼の意を表します。




*Comment

 

6時半ほど前に、大分の告別式から戻り、そのあと、ずっと山田泉さんの映像を見ながら、追悼中でです。
たくさんの人が来たことよりも、たくさんのあたたかい涙が流れ、たくさんの人が勇気を受け取って帰ったことを報告したいです。
弔辞では、「ひとりから」という言葉を紹介しました。いつも、山田さんがサインしていた短い一言。
葬儀のこと、ご遺族のこと、映画のこと、機会があればご報告します。

山ちゃんは、がん患者同士の励ましがどれほど支えになったことか、と言っていました。大分の小さな患者会だからこそ、の良さもあったと言ってました。
高知には一喜会がありますよね。
さあ、また明日からお互いに頑張りましょう。
葬儀から帰って、改めてそう思いました。
だって、山田さんの座右の銘は「ひとりから」に加えて、「一日一生」でしたから。。。

上野創(うえの・はじめ)
  • posted by 上野創 
  • URL 
  • 2008.11/24 02:36分 
  • [Edit]

 

今、番組を観ました。

生きるとは
人のために尽くすこと

最近、どんな風に生きていけばよいのか、何を一番に考えればよいのか…分からなく悩んでいました。もちろん今もですが、
もう少し自分のなかで咀嚼してみたいと思います。

ありがとうございました。また書籍などあれば、読んでみたいと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
  • posted by  
  • URL 
  • 2008.12/27 18:56分 
  • [Edit]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

Menu

四季の花時計

カレンダー

06 | 2009/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

最近の記事

最新の記事(全記事表示付き) *frame*

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ